天才鯉川なつえの熱中症がやばかった。意識がなくなり死ぬ寸前に。


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3月17日の午後6時30分からTBSで「消えた天才~超一流が勝てなかった人大追跡~」という番組が放送されます。

そこでオリンピック金メダリストの高橋尚子さんが紹介する天才として「鯉川なつえ」という人物が紹介されます。


鯉川なつえ選手は学生時代から注目されており、高校では3000mで高校新記録樹立し、ハーフマラソンでは日本記録を出すなど大活躍していました。

そんな鯉川選手ですが、あるレースで重度の熱中症にかかり意識を失ってしまいます。

今回はそんな鯉川さんを襲った熱中症について調べてみました。

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ユニバーシアード福岡大会で熱中症に

鯉川選手は1995年に福岡で開催されたユニバーシアードに代表として出場しました。

大会前は優勝候補の筆頭で注目されていました。

レース当日は気温が30度あり、湿度が90%を超えるなどマラソンをする日としては最悪のコンディションでした。

レースが始まると鯉川選手は期待どおりにトップで集団をひっぱります。その後もどんどんと差を広げていき優勝は確実だろうとおもわれていました。

しかし30キロを超えたあたりから異変が起き始めます。

走るフォームが崩れていきふらふらしながら走るようになりました。その後もなんとか歩を進めましたが40キロ付近でついに倒れてしまいました。

その後は緊急で搬送されたそうです。

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鯉川選手を襲った熱中症の詳細

ひよたん
なんで意識がもうろうとなっても走り続けるの?

以前鯉川選手はこの一連の出来事について「なぜ意識がもうろうとなりながらも8キロもの距離を走りつづけたのですか?」というインタビューでこのように答えています。

いや、その前にそもそも意識はありません。

熱中症や脱水症状でふらついている選手は、走ろうという強い思いがあるわけではありません。

意識障害で体がふらついていて、自分の意思では止まれないことが多いのです。

引用:NHK情報ブログ

ひよたん
もうすでに意識がなくて止まることすらできなかったんだね。

鯉川選手は40キロ付近で意識を失って倒れこんだ後救急車で搬送されます。

搬送されたときにはアメリカ人のドクターと日本人のドクターがいたそうです。日本人のドクターからは酸素吸入器をつけるように指示されたそうですが、アメリカ人のドクターがそれを止めたそうです。

なぜなら熱中症の措置としてはまず体を冷やすことが大事だからです。そこでアメリカ人のドクターはウエアーを脱がせて氷漬けにしてアイスマッサージを20分したそうです。

そのおかげで20分後には意識を取り戻したそうです。

ひよたん
アメリカ人のドクターがいてよかったね!本当に死と紙一重だったんだ。

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 感想

今回の出来事を見て思うことは東京オリンピックがとても心配ということです。

東京オリンピックの開催時期は7月24日から8月9日までです。

マラソンの日程は女子マラソンが8月2日、男子マラソンが8月3日です。

いのくん
めちゃくちゃ真夏じゃん。日本の夏は最近35度普通に超すからやばいよね。

マラソンのスタート時間は男女ともに午前7時からです。マラソンはどんなに速い選手でも2時間はかかります。

なので疲労がたまった終盤になるにつれて気温が上昇します。これは選手にとって相当つらいと思います。

開始時間を早めるような議論も出てきているのでぜひスタート時間を早めてほしいなとおもいます。

読んでいただきありがとうございました。

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